<受精卵取り違え>夫婦と和解 香川県、820万円支払いへ

casa_kyojin2009-10-20


この事故の原因は、もちろん病院側のオペレーションのミスにある。
生殖医療での医療ミスという現実が、かくも宿命的な重さを持つということを、あらためて突きつけられた思いだ。

この事故の直接的な原因は、たしかに手順的な杜撰さにある。

しかし、そのずっと手前には、生殖医療、不妊治療という科学と、その“根本的な問題”が存在しているのではないだろうか。



──以下は、生まれる前の僕に実際に起こった話だ。

僕の母は、生殖医療的にちょっとした問題を持っていた。

ちょっとした──と表現したのは、今ではほとんどなんの問題にもならないくらい、治療法というか対処法が確立しており、およそそれが妊娠や出産に影響することは無くなっているからだ。

でも、僕が生まれた当時は、それはもう大問題だったのだ。
実際、僕の兄二人は、それが原因で亡くなっている。

危険な妊娠、出産時を乗り切ったとしても、五体不満足、いわゆる障害児として生まれてくる可能性は、とても高かった。

だから僕は、地元の産院や病院ではなく、大学病院で生まれた。

そして、教授たちが胎児の僕で試したかがっていた“新しい”医療技術は、僕が中学生になったころ、当時は共産圏と呼ばれていた東欧のある国で、世界で初めての臨床成功例が報道された。


ともあれ、兄たちと同じようにほとんど自然分娩に近い道筋を選択されていた僕は、何の因果か出産までに死ぬことはなかった。
そして、たまたま五体満足で、脳性マヒといった障害も持っていなかった。

僕の両親は──そうした偶然、無事をひたすら祈っていたことだろう。
しかしそれは、ハイリスクハイリターンな賭けだった。

自分が健康に生まれてきて、こんなことを言うのは天に唾を吐くような話かもしれないが、それでも僕の両親のチャレンジは、やはり無謀だったとしか思えない。

人間が社会的な生物である限り、子供の死や障害は夫婦間だけの問題とはならない。
我が両親は“がんばりすぎ”だった。
自分勝手ですらあったかもしれない。

そして僕は、類まれなラッキーボーイだったのだろう。
それはつまり、僕が宿命的な鬼子だということでもある。

兄二人が死に、僕は生きたという客観的な事実は、誰も否定できない。

また、一応は“五体満足”に生まれてきた僕だけれど、その後、若くしてリスクがそこそこ高いガンに罹患するなど、十二分に健康だったのかどうか、確証が持てているわけでもない。


ともあれ時代は進んで、母と同じ遺伝的要素を持つ母親も、何の痛痒も無い妊娠と出産を、ほぼ行えるようになった。
それ自体は科学の勝利と言える部分もあるだろう。

しかし、その“勝利”としての生殖医療が、体外受精代理母といった領域まで“進化”を遂げていることを考えたとき、何とも複雑な気持ちにもなってしまう。

生殖医療という高度な医療行為に対して、人間はもっとプリミティブな感情で接するべきではないだろうか。

僕は少なくとも自分の問題として、自分や配偶者の不妊治療という医療行為に直面したくはない。


今回の事件の場合、まだ夫婦間の人工授精だから、僕の持つ違和感は少なかったほうだ。

でも、慶應大学医学部で運動部の学生に精子を、妻の姉妹や母親に卵子を──提供させるような“非配偶者間”人工授精となると、それははたして、人の営みとして真っ当なものなのだろうか。

妻が大学生と、夫が妻の家族と直接セックスしたら、それは当然不倫関係だ。
それを、精子卵子だけを医者や看護師の手と、医療器具を経て受精させたのだから、社会として受け入れろ、祝福しろというのはどういう価値観なのだろう。

例えば僕が男性不妊だったとして、結婚後にそれが判明し、妻がどうしても自分の子供を欲しがっていたとしたら、それはもう離婚してもらうしかないと思う。

あなたには精子がありません、だから慶大病院で、医学生精子で人工授精します──あなたの妻には卵子がありません、だからあなたの義理の妹の卵子体外受精させます──これは果たして医療行為なんだろうか。

そうした不妊治療を行う夫婦の関係性というものが、僕にはどうにも理解出来ない。

正直な話、自分の妻が慶大生とセックスして妊娠することや、あるいは自分が妻の姉妹や母親を妊娠させることの方が、まだ想像力が及ぶ範疇かもしれない。



もちろん、こうした人工授精における医療ミスで、かくも悲惨な事故が起こってしまったことは、とても悲しいことだった。
職務を全うしなかったスタッフは、もちろん責任を問われなければいけない。

しかし、こうした自然の摂理に反する行為に、どれだけのリスクを伴うのか──という真理は、それはそれとして確かに存在すると思う。



野放図な期待だけで三人目のチャレンジをしていた僕の両親だが、それでも生まれてくる我が子の死や障害といったものに対する覚悟はあっただろう。

それでは、卵子に針を突き刺すことを是としている夫婦には、どんな覚悟があるのだろうか。

──僕にはどうにも想像することができない。


■「プロポーズ?私たちの子どもを産んでください。」向井 亜紀

代理母や生殖医療と行った問題に対してラジカルは発言を繰り返し、さらに生まれてきた子供の国籍問題でゴリ押しをしようとしていたこの夫婦は、残念なことに生殖医療肯定派にとっての“獅子身中の虫”となってしまったようだ。

生殖医療総体に疑問を持つ僕にとっては、こうした極端な人たちの存在もまた、そうした“医療”そのものが引き起こした問題に見える部分もある。

<受精卵取り違え>夫婦と和解 香川県、820万円支払いへ

香川県立中央病院(高松市)であった体外受精卵の取り違え疑惑で、人工妊娠中絶をした20代の女性とその夫が県に約2,200万円の損害賠償を求めた訴訟の和解協議が19日、高松地裁(和食俊朗裁判長)であり、「県が原告に820万円を支払う」とする和解案が正式に成立した(略)