狂言「瑞典」

casa_kyojin2012-02-11


瑞典とは──

1. スウェーデン王国スウェーデンおうこく、スウェーデン語: Konungariket Sverige)の通称、スウェーデンの漢字表記。スウェーデンを参照のこと。

2. 読みは、ずいてん。狂言の演目の一つ。1.の特産物であるシュールストレミング (Surströmming:ニシンを塩漬けにして缶の中で発酵させた、漬物の一種)を題材に用いている。本項目で説明。

瑞典(ずいてん)とは、狂言の演目の一つ。小名狂言に分類される。

同じく狂言の演目である「附子(ぶす)」の後日譚。
使用人の太郎冠者と次郎冠者に貴重な砂糖を食べつくされた上、掛け軸や茶碗を傷つけられてしまった主が、二人を懲らしめようとする様子を滑稽に描く。


注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。


・あらすじ

この演目の前段である「附子」は、桶の中の「吹く風に当たってさえも滅却(命を失うの意)されるほどの毒」である附子(じつは主が大事に隠していた、当時の貴重品である砂糖)を巡る物語。

後段にあたるこちらも「桶の中の附子」が話題の中心となる。

主は「今度こそ桶には猛毒の附子が入っているので近づくな」と言い置いて外出する。
留守番を言い付かった太郎冠者と次郎冠者は、今度も中には砂糖が入っているのだろうと、期待して桶の中を覗く。
ところが、桶の中には、異国の文字が書かれた小さな包みが収められていた。

再び誘惑に負けた太郎冠者が、苦心してその包みを開けると、途端に中から激しい勢いで液体が噴き出し、あたりは猛烈な臭気に包まれる。
二人は、ついに附子に滅却されてしまうと、死の恐怖におののく。
しかし、包みの正体は、二人が再び桶の中を覗くであろうことを見越した主が、懲らしめのために仕込んだ「臭霊酢(しゅれいす=シュールストレミング)」
世界一臭いといわれる、瑞典スウェーデン)渡りの缶詰だった。

二人が慌てふためく様子を、こっそりと物陰からうかがっていた主だったが、あまりのおかしさに、つい笑い声をあげてしまう。
ところが、その声に驚いた太郎冠者は、振り向いた途端に主にも猛毒の附子(じつは臭霊酢の内容物)を浴びせてしまうのだった。

腐臭騒ぎの巻き添えになってしまい、騒ぎ出した主の尋常ではない様子を見て、さらに正体を失っていく二人。
組んず解れつとなった三人の、阿鼻叫喚の様相がクライマックスとなる。

※参考:シュールストレミング開封時の様子動画リンク


狂言における「瑞典

現代においては、ごく一部の流派にしか伝わっておらず、歴史的意義としての価値が必ずしも高いとされている演目ではない。
しかし、臭霊酢が勢い良く噴き出す様子が所作のみで表現されることや、太郎冠者と次郎冠者が交互に舞う乱拍子、主を加えた三人で同じ振りの舞を揃える場面など、能の複数の演目(「道成寺」「二人静」など)がパロディーとして盛り込まれ、高度な技術が求められる重い習いとされている。
流派によっては、慌てふためく太郎冠者が、桶を頭上に高く掲げ、飛び上がって頭を突き入れ、被った桶が外れたときには痩男の面をつけている、という小書きが加えられる場合もある(「道成寺」の変わり身の翻案)
またこの演目は、不条理な喜劇でありながら祝言性を持たされていることが特徴で、華やかな装束や、シャギリ止め(あるいは笑い止め)といった要素にそれが見て取れる。

瑞典と「臭い仲」

瑞典」には、他の演目のパロディーが演出として登場するが、「八尾」もそのひとつ。
ただし、原典の閻魔と八尾の男が翻案されているのではなく、かつて閻魔と八尾の地蔵が衆道の関係にあったことを台詞や謡が示唆。
「附子」の後日譚が「八尾」の前日譚を語るというトリッキーな構造になっている。
また、シテ(太郎冠者であり閻魔)とアド(次郎冠者であり地蔵)が、臭霊酢にまみれながらも仲睦まじい様子を見せる所作から転じて「怪しい関係」を示唆する言葉「臭い仲」が生まれた*1

・大衆演芸と現代における「瑞典

江戸時代には、当時流行していた見世物「水芸」を取り入れた演出で、寄席で演じられていたとされる資料が残っているが、現代には伝わっていない*2

現代では、サイレントコメディー・デュオの、が〜まるちょばが、「瑞典」を翻案したと思われる演目を披露することがある。
演者が二人のため、登場人物の役割や所作などにアレンジが加えられているが「突然吹き出した液体が巻き起こすスラップスティック」という基本構造は変わらない。
また、北欧などシュールストレミングの認知度が高い土地で演じられる場合は、カバン(原典の桶の翻案)から“それ”と思しき缶詰が登場する演出になっていることもある。


・臭霊酢の伝来

日本にイエズス会の修道士を通してシュールストレミングがもたらされたのは、室町時代だった*3
ポルトガルやイギリスといった国からもたらされた品々が「唐わたり」として珍重されていたこの時代、直接の来航がなかった国々のそれは、より一層貴重で、珍重される存在だった。
室町期から江戸期にかけ、当時の最新芸能であった能、狂言が、そうした風物を積極的に取り入れていた様子が、こうした演目の存在からもうかがえる*4


■シュールストレミング

飛行機の積荷にできない(気圧の関係で破裂する!)船便のコンテナでしか輸入できないというキケン! な食品。

*1:奇しくも、英語で「臭い仲」を表現すると "fishy(魚臭い) relationship" となる

*2:新人物往来社「大江戸芸能図会」

*3:独立行政法人 北方圏交流推進振興機構「スウェーデンと日本の歴史 3」

*4:民明書房「能という“前衛芸術”」