アイバンラーメン(芦花公園)★☆☆☆☆

casa_kyojin2012-04-17


アイバンラーメンを初めて知ったのは、2007年。
ニューヨーク在住のアメリカ人に「え、知らないの?」なんて言われた時のことだ。

その後程なく、テレビのバラエティ番組に、アイバンと彼のラーメンが登場する。
「デュラムセモリナを使うなら、もうちょっと水を多くしたほうがいいんじゃないかな」
「あ、そう。アリガト」
支那そばやの佐野実を知ってか知らずか、物怖じしない様子のアイバンにも好感を持った。


そして、ついに芦花公園の店を初訪問。
少しの行列。選んだのは塩ラーメン。

──これはなんだ、と思った。

鶏ベースの澄んだスープは、クリアさと裏腹に、ラーメンとして真っ当に、充分に、こってりとしている。
これが無化調なのだから、どれほどの仕事が為されていることか。

ただ、ラーメンという座標軸を切った時のボリュームゾーンと、その周辺には無い味わいだとも思った。
正直、このテイストを好まない人も少なくないだろう。

アイバンのラーメン、その吟味された素材、上質な仕事が、評価されるべきなのは当然だ。
しかし、その創意は、凡百のラーメンの居場所をヒョイと超えてしまっている。

いわば“ラーメン以上”とも言える仕事が、映画「タンポポ」に憧れたアメリカ人によって為されたことに、大きな敬意を払いたい。


そして、10日ほど経った平日、しょうゆラーメンを目指して夜の行列(今度は少し長かった)に並んだ。
数人後に並んだ人が「ゴメンナサイ、今日はここまで」とアイバンその人に言われてしまうというギリギリのタイミングに一安心。

しょうゆラーメンは、塩よりも“ラーメン的”な旨味、深みといった味わいがわかりやすかった。
かといって、こちらの方が美味しいというわけではない。
しょうゆと塩のキャラクターの違いの鮮烈さもまた、アイバンのラーメンの凄さだった。

スープ切れで前倒しの閉店となり、ちょっとゆったりした時間の中、アイスクリームの風味は、ぶどうジュース──なんて話を教えてくれたアイバン。
多分、本当は話好きな人なのだろう。
しかし、既に行列が当たり前になっており、そういうタイミングはなかなか期待できなくなっていたけれど。


やがて、店の二階にあった製麺機は、並んだ建物の一階部分に移され、スープの設備も増強された(アイバンは何処だろう、と思ったら二階でアイスクリームを作っていた──なんてことも無くなった)

そうした拡張だけでなく、スープと麺の味わいがどんどん進化していったこともまた、凄い。
強いていうなら、ハーモニーに欠ける部分があった塩ラーメンの味わいも、時とともにどんどんまとまりを見せていった。

カップラーメンが発売されたこともある。
そのときは「インスタントなんて出しちゃって、とか悪口言う人もいるけど?」「でもね、バジェットに制限がある仕事をするのは楽しいよ」なんて話を聞かせてくれたアイバン。

──僕は、彼のラーメンが大好きだった。


そして、2010年9月、経堂に二軒目の店「アイバンラーメンplus」がオープン。
プレオープンに駆けつけたが、特に平打ち麺に関しては「やっちゃったな」というのが正直な感想だった。

新店の商品は「僕流の新しいラーメン」とアイバンその人が言うだけあって、これまで以上に個性的なのだろうとは想像していた。
しかし、覇気に欠けるとでもいうべきこの麺の締りの無さは、ラーメンとしてはもちろん、新しい料理としても充分な仕事になっていなかった(もちろん、製麺での加水や、茹で時間のミスというわけではない)

でもこれまで、アイバンの凄さは、個性よりも“日々進化すること”と実感してきた。
新店のメニューも、これから改良されていくのだろうと、素直に期待していたものだ。

とはいえ、残念だったのは事実。
無性に「オリジナル」が食べたくなってしまい、間をおかず、芦花公園に出かけることになった。

──そしてそれ以来、僕はアイバンのラーメンを食べていない。


アイバンは一人しかいない。
彼が不在だったとしても、当然のことだ。

そして、芦花公園のしょうゆラーメンは、麺は茹ですぎで、温度が今ひとつ足りないスープへの絡ませ方はおざなり。
穂先メンマがぐしゃっとのせられた丼の中の景色は、なんとも残念なものだった。

店が増えても、食券を買うシステムになってもいい。NYに逆上陸してもいい。
でも、店主の不在イコール不充分な商品となってしまう店なら、そうした拡大はするべきではなかっただろう。


アイバンの仕事、日々の研鑽、新しい発想──本当に凄いと思う。
だからこそ、人を育てることにも、もう少し気を配って欲しかった。

近所を通りかかって、カウンターの中にアイバンを見つけたら、立ち寄ることもできるかもしれない。
でも、のびたラーメンが出てくるラーメン屋に、わざわざ足を伸ばすことは難しい。


──さよなら、アイバン。僕は、あなたのラーメンが本当に好きでした。


■アイバンのラ-メン

2008年暮れに出版された、アイバンの著書。
彼のラーメンの秘密、工夫がサラリと語られていることもまた、凄い。
誰もが真似できそうだけれど、実際にはできない──ということなのだから。

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